【アイデアメモ】Whyを管理するソフトを作ればWhyを調べる時間をなくせるのではないか?

慣れるまで根拠法令探すのも大変ですもんね。そういうルールがあると想像すらつかないというか。


予測変換みたいな速度で打ち込んだ文字に関連する法律や通知がポコポコ出てくる公務員とか、法務担当者向けソフトとかあったら、その辺で時間食ったり、いやがらせさせられることもなくなるかもですね!

RPAってマクロやん。

「Robotic Process Automatio」って、パソコンを使った定型業務を、自動化する技術があるらしい。

って初めて聞いた時、

「それってマクロやん」

と、思った。
別に新技術じゃないじゃん。マクロとどう違うん?


当時のWikipediaにも、これまでの自動化と違い、AIや何とかも活用したハイテク技術で、みたいなノリで書いてあったのだけど、具体的事例がなく今一つ腑に落ちなかった。

うがった見方をすると、既存技術をリパッケージして売りなおす、IT業界のマーケティング戦略のようにも感じる。

で、昨今そのRPAが隆盛を極めて来るにつれ、その本質に迫る記事も増えてきた。

私が当初に抱いた疑問であるRPAとマクロの違いについても、親切に解説している記事が複数あり、大変勉強になった。

 

www.robertwalters.co.jp

kashika.biz 

kashikeiei.org

 

www.capa.co.jp

 

www.innovated-solution.jp

 

www.itmedia.co.jp

全体として、RPAは「Excelマクロの概念をExcelMicrosoft office 系列以外のソフトウェア)以外に拡張したもの」ととらえて差し支えないようです。

ただ、それをエクセルマクロで十分な場合も多いから、しっかり検討すべき。

と捉える記事もあれば、

RPAはExcelマクロと似て非なるもの!!と強く主張するものもあります。
当然、後者の主張は、RPAを開発するベンダーさんのページだったりするのですが。

また、RPAをOCR等の技術や、クラウドコンピューティングと掛け合わせて、さらなる高みを目指す発想について触れた記事もありました(個人的にはこれらの技術が研究所を出るのには、まだ相当の時間を要すると思います。)。


その中で一番良かったのがこの記事です。

 

www.itmedia.co.jp

 

すでにエクセルマクロを限界まで使い尽くしたうえで、RPAを導入した三井住友海上の取り組みについての記事。
この記事には、私が感じたように「RPA製品に優位性を感じることができなかった」という記載もある。
それでも、RPAを導入したのは、その前段階に業務ログを解析して、潜在的に自動化可能な業務を把握できたためだそうだ。

また、それまでExcelマクロによる自動化を推進してきた背景から、組織全体の業務の自動化に対する理解が高かったこともRPA導入につながった一因とも述べてあります。

 

はあ、感動した。

というところで、最初のRPAとマクロの違いとは何ぞやという話に戻りますが、今度はマクロとは何ぞよということにスポットを当ててみます。

 

thom.hateblo.jp

 

マクロ、って「巨視的な」って意味だけど、どこがどう巨視的なのかわかってなかった。
な、なるほど。マクロって、マクロ命令の略だったんだ。

てっきり、Microsoftの造語なのかと。

つまり、プログラムの1行1行のような細かい単位ではなく、一連のまとまった動作単位で命令するから、マクロ命令と(リンク先の洗濯機の例がとても分かりやすいです)。

と、いうことは別にマクロという言葉は、そもそもエクセルやMicrosoft officeといった特定のソフトに紐づくものではなかったのです。その中で、一番メジャーなのが、Excelマクロってだけの話だったのですね。


ん?

あれ?

RPAは「Excelマクロの概念をExcel以外に拡張したもの」。

マクロという言葉は、マクロ命令の略で、エクセルやMicrosoft officeといった特定のソフトに紐づくものではない。

あれ?


RPAって、マクロやん!!

 


終わり。

【メモ】投票率低下の真実??

 

hokusoemi.hatenablog.com

 

前回の記事で、某地方都市の選挙区における、組織票と浮動票の割合を考察した。

 

結果、浮動票の割合は2-3割程度で、残りは組織票だという結論を出したと思う。

結局選挙を動かしていることは圧倒的「組織の力」であることが判明した。

 

これに関して、投票率とセットで考察すると、どうなるだろうか?

 

今回のこの地区における投票率は約40%だった。

 

報道等にもみられる通り、全国的な傾向として投票率は低下している。

どの世代も投票率は下がっているのだが、特に若年層における投票率の低下が顕著である。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000255967.pdf

総務省HPより

 

こうした事実に対して、「政治や選挙に対する関心が薄れている」

という報道をよく耳にする。

 

でも、先ほどの「選挙の大半は組織で動かされている」と、セットで考えると、

 

「組織の選挙に対する動員力が低下している」ことのほうが、投票率への影響が大きいのではないだろうか?

 

社会の在り方が多様化していく中で、既存の勢力に結びつかない人間が増えているのだ。

また、地域のつながりが薄れていく中で、自分の出身地域の政治家に関心がない人も増えているのではないだろうか?

 

若い人の投票率の低下が顕著、ということは若い人を既存組織に取り込むことがうまくいっていないのだ。

 

よく、「自分の価値観にあう政治家がいないので投票できない」という話も聞く。

実際のところ、昔は「区長さんが支持している候補に投票する」とか「うちの業界を代表する政治家に投票する」というのが投票のモチベーションだっただけで、それは有権者や政治家の質がどうという話ではないのではないだろうか?

 

少し前にマニュフェスト選挙という言葉が話題になったが、逆にいうとそれまでは候補者がどういう政策を目標に掲げているのかということに対して、有権者は関心がなかったのである。

自分たちの味方になってくれそうかどうか、ただそれだけである。

 

なので、投票率が下がった下がったと、騒動することも多いが、これは選挙における各組織の力が落ちているだけなので、あまり心配しなくてもいい、というか社会の変化が数字になって表れているだけなのではないか?

 

で、前回の選挙では特定の勢力に紐づいていないにも関わらず、良心だけで選挙に行ってくれた人がその選挙区では8.8%いたという話をした。

 

今後、組織の力が落ちていく中で、これら8.8%の人たちはおそらくこれからも選挙に行くだろう。そうしていけば、既存の組織が選挙や政治に与える力が弱まってくるので、政治の世界に新たな風を吹かせることができる可能性も上昇してくる。

 

投票率が下がる。」

 

それは、社会の構造が複雑化・多様化してく中で自然現象ともいえると思う。

今後、その先の社会をどうデザインできるかどうか、現代人に問われているのだ。

【メモ】選挙における組織票と浮動票の割合に関する考察

今回の統一地方選、ぼんやりとニュースなどを眺めていると熊本市中央区に面白い候補者がいた。

 

無所属 新人の高村大樹氏だ。

http://takamurahiroki.otemo-yan.net/

↑↑高村氏のブログ。

 

高村氏は、選挙にかかる選挙カーや、ポスターなど、通常数十万円程度かかる公費負担を0としており、選挙費用自体も3万円以内としております。

 

つまり、選挙に対してお金のかかる広報活動をほぼ実施していないのです。

 

そして、高村氏はおそらく、支持母体等は全くないと推測される。

 

このことから、高村氏の得票結果を考察することで、全体に対する組織票と浮動票の割合を分析することができるのです。

 

熊本市中央区の開票速報から、

http://www.city.kumamoto.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=5&id=23805&sub_id=6&flid=166917

 

今回の当該地区における有効投票数は55,222票、それに対して高村氏の得票数は783票。得票率にして、1.4%。

立候補者数は16人、今回の供託金没収ラインは得票率0.625%となり(算出式は最下段の通り)、無事供託金没収を免れたようだ。まず一安心。

 

もし、仮に浮動票とされる有権者が、無作為に16人の候補者に投票していたとすると、全体で浮動票の数は高村氏の783票を候補者数の16でかけて12,528票。有効投票数に対する率にして、22.6%。また中央区投票率は39.13%なので有権者数に比すると8.8%

 

 

もちろん、浮動票が均等に分かれるわけではない。高村氏のケースに関していえば、広報をほぼ全く打っていないマイナス補正と、若手を応援した同世代や、同情票などからプラス補正があったと推測され、ほかに浮動票をまとめて持っていくような有名人がいない(北口氏は例外)ことも考えると、ほかの候補と大差はなかったのではないだろうか?

 

浮動票が20-30%だとすると、残りの70-80%は組織票だということになる。

 

これがものすごい重大な意味を持っているような気がするが、今は眠たいのであとで考えることにしよう。

 

ちなみに、過去に千葉県の市議会議員選挙において、上野竜太郎氏が今回の高村氏のような手法を取ったそうで、上野氏は当選こそしなかったものの、善戦し供託金没収を免れた。そうした上野氏の活動は一部メディア等にも取り上げられたそうだ。

高村氏は、その上野氏の行動に勇気づけられた結果、今回の立候補に至ったとのこと。

 

議員の立候補者が増える意義については、千葉市長の熊谷さんがこうtweetしていた。

 

 

千葉市長の意見からは、少しずれるが今回の高村氏の勇気ある行動により、ウェブで検索しても出てこなかった、組織票の割合について考察を行うことができた。高村氏に勇気に心から敬意を表したい。

 

参考:供託金没収ラインについて

市議会議員選挙
政令指定都市
9日間 50万円 有効投票総数 / その選挙区の議員定数 × 1/10

http://senkyo-deruhito.com/confiscation_point_of_deposit_money_formula_amp1/

出典:供託金没収点の計算フォーム 選挙に「出る人、出たい人」の応援サイト

 

 

 

印鑑は必要?不要?

印鑑が公的な用事に使えなくなっても、印鑑ってそれなりに便利だから、なくならないと思うんだけどな(そりゃ減るやろけど)。

むしろ印鑑の個人認証能力が認められなくなったら、印鑑そのものの魅力というか芸術性が評価されて、ファッション感覚の面白い印鑑がたくさん出てきたりするんじゃないだろうか??

ということで、これからも印鑑間違いの公文は無慈悲に差し戻します(絶望)。

 

www.tv-tokyo.co.jp

【考え事】「男女平等の世界」の最終的な仮想敵は「私」ではなかろうか?

「男女平等の世界」の最終的な仮想敵はひょっとして、私のような人間なのではなかろうか?

 

 

news.yahoo.co.jp

 

この記事は、『「女性の活躍」「女性の時代」なんて触れ込みはいらない、そんな特別扱いされなくても、私は私として自己実現をする』という、趣旨の企業広告が、賛否両論になっていることに対するジャーナリスト治部れんげ氏の意見記事である。

 

この記事の中で、

 

「産むまでの平等」「本気で男性とポスト争いするまでの平等」という現実

 

という言葉が出てくるのだが、このフレーズが素晴らしく現在の女性社会の現実を表しているなと思ったのである。

 

というのも、現在自分の職場は、大体男女比が半々、そして年齢層も様々なバラエティに富んだ環境なのであるが、今年度はその比較的若手の女性2人が、出産のため長期休暇を取ることとなったのだ。

 

 

そして、その穴埋めはだれがやったかというと、私などの若手男性職員なのである。

 

特に私は独身で、いくらでも仕事をする時間があり、これまでの経歴からそれなりにスキルを積んできているうえに、特にこれまでの短い仕事人生の中で明らかに他人に後れを取ったというようなこともない(と思う)。

 

しかしながらいつも隣にいて、何となく知っていた隣人の業務内容とは言え、いざ自分でやってみるとなれば、やってみて初めてわかる苦労などもあり、それなりに大変だった。

 

それでも全然問題はない。だって、私にはケアすべき家族もおらず、いざとなれば体力の許す限り、時間を仕事に捧げることができるのだから。

  

つまり、この女性職員の代わりに仕事を請け負うという過程を通して、私はさらに自分のスキルを底上げし、周囲からの信頼を集めてしまう行動をとっていたのだ。

 

もちろん、その間に妊娠、出産、子育てを経験する、ということは男性にはなかなか体験が難しい、代えがたい経験なのだろうし、それから得られるものの中で仕事に役立てることができるものもあるだろう。

 

が、それはあくまでも個人での話であって、組織においての信頼関係というところまで含めると、間違いなく一緒に苦労した人間のほうが、信頼のおける人間ということになるだろう。

 

こうして、私は何の悪気もないままに、会社組織における「男女平等の世界」を遠ざけているのだと思う。男が子供を産む機能がない、ということが、会社社会と組み合わさることによってこういう結果を生んでしまうのだ。

 

翻って、

 

「産むまでの平等」「本気で男性とポスト争いするまでの平等」という現実

 

という言葉を改めてみてみよう。

 

子供を宿し、産休をとってから、それからもどうしても子供の子育て等で仕事にフルに時間をさける割合は減っていくだろう。子育ての負担を男性と例え等分にしたととしても、物理的な妊娠、出産の期間は行動が制約される。

 

その間独身貴族の「私」が何をしているか、というともちろん仕事は他人の分まで頑張っているし、下手をすれば休日にも、ビジネス本を読んでその感想をブログに落とし込んだり、旅先で仕事に関連する分野の見識を深めたりと、仕事まがいの行為を繰り返し、無駄にスキルを向上させているのである。

そして、上司から飲み会の誘いがあれば、すぐにかけつける(嫌いな上司は除く)。

 

時間の制約があると、無駄にダラダラしてしまうというのはあるのかもしれないが、改善の基礎を学べば効率はその心理的油断を上回って向上するだろう(趣味的な無駄な仕事をしてしまうことは否定しない)。

 

果たして会社組織においてこういう人間と、子供2人を生みながら育てる女性が公平な出世競争を繰り広げることができるだろうか??

 

 

ということを考えると、会社組織のような社会構造の中で、最後の障壁になるのは「男女平等の世界」私のような、「生活にほとんどエネルギーを割かない仕事人間(男)」なのではないでしょうか??

 

子供を産まず、「生活にほとんどエネルギーを割かない仕事人間(女)」なら、これに対抗しうるわけですが、それはそれで出産によるハンデを社会が克服したとは言えず、本質的に組織にもたらす多様性は今一つ乏しいままです。

 

かといって、仕事人間に仕事をするなというのも無理でしょう。

 

ゆえに、会社的な組織において「男女平等」に向き合うためには、「仕事人間」と「そうでない人間」のバランスをどうするか、ということを組織で考えなければならないのではないでしょうか。

 

 

今回、「仕事人間」という軸を持ち出しましたが、今後、仕事と生活が今後どんどん混然としていく「ワークアズライフ」の時代になるという落合さんの話もあります。

 

仕事と生活のバランスが変化していく中で、「男女平等」どう変化していくかも気になるところです。

【考え事】「ふるさと」という言葉に見る、日本人独特の感覚について

The Japanese word ‘furusato’ is difficult to translate into English. In dictionary, it is translated as ‘hometown’, but in reality it has a slightly different nuance.
For example, when a person raised in a big city like Tokyo is asked “where is your hometown?”, he will answers "Tokyo is", but in case of ‘furusato’ I guess he will not.


Before the present age, the Japanese was living in the nature, cultivating a field handed down from their ancestors and praying for good harvest to indigenous spirits.
The Japanese identity cultivated in this way still lives in the deep inside of Japanese hearts. Therefore, the word ’furusato’ refers to the hometown with the traditional landscape which the Japanese feel strong attachment, such as mountains, rivers and rice fields.

 

この間知り合ったドイツ人を、棚田に案内することになったので、地域おこしに取り組む知り合いに、いろいろプランの相談をしていたところでした。

そこで、どう魅力的に日本の農村の文化を伝えるか、ということを考えたときに、「ふるさと」という言葉に行き当たりました。

 

このワードを単純に翻訳しようとすると、”Hometown”になってしまうわけですが、それだと単純に「出身地」になってしまうわけで。

そこで、ちょっと深堀してふるさとについて思いを巡らせていたら、冒頭のような英文が出来上がったのです。

 

あ、下記のブログの記事を参考にしました。

blog.goo.ne.jp多くの人が、先祖代々の土地に住み、田畑を耕し、村の神社に豊作を祈願し、暮らしてきました。
の部分は、ほとんど丸のまま、引用させていただいている感じです。

 

と、まあパクリもしながらでございますが、なかなかよくまとまったのではないかと思い、ブログに固定化することにしたのです。

 

ちなみに、最初に日本語で文章を考えた後に、googleさんに翻訳してもらったもの修正するという形を取ったのですが、まるで英語を日本語に翻訳したような文章を投げ込むと、googleさんにうまく翻訳してもらえるみたいで。

 

そうなってくると、こちらもそれなりに英語の文章構造を理解したうえで、翻訳しやすい日本語を考える必要が出てくる。

 

結局、AIが何でもやってくれるといっても、どこかでその物事に関する基本的なスキルが役に立つのだなと思ったわけです。

 

 

 

<和訳>

「ふるさと」という日本語は、英語への翻訳が難しい言葉です。辞書的には、hometownと訳されますが、実際には少し違うニュアンスを持っています。

例えば、東京の中心部のような大都会に生まれ育った人は、自分の出身地はどこか?と言われれば、「東京だ」と答えますが、ふるさとはどこか?と言われればきっと答えに窮することでしょう。

 

現代以前、日本人は、先祖代々受け継がれてきた田畑を耕し、土着の神様に祈りを捧げながら暮らしてきました。そうして培われてきた日本人のアイデンティティは、今でも人々の心の奥底に宿っています。

「ふるさと」とは、山や田んぼといった、日本人が強い愛着を感じる昔ながらの景色を残した故郷のことを指しているのです。