冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その9 食べ物編
そう、まだ語りつくせない。食べ物の話がまだだった。
基本は、ウラジオストックに行った時と同じように、何を食ってもおいしい、口にあうというのが全体の感想だが、今回はモンゴルとの国境付近であることや、宿泊先では家庭的な料理を楽しむことができたという点で、また前回とは違った発見があったのである。
イルクーツクから2時間ほど走ったところにある、エランツィの街にある「ユルタ」というモンゴルのゲルを模した建物のレストランでの食事。
定番のボルシチは、やっぱりおいしい。モンゴルとの折衷料理のマトンのボルシチもおいしかった。
奥の大きなペリメニは「ボーズ」と言って、モンゴルのペリメニってか餃子らしい。発音的にも中国のパオズと近いのが面白い。
そうそう、面白かったのがこれ。モンゴルティー。味はおいしいスキムミルクって感じ。要はおいしい。スーパーとかで買えないか探したけど見つからず、とても残念だった。
追記:ラベルのハン・チャイで検索すると、ロシアの通販サイトがヒットしました。そのうちなんとかして買ってやりたい。
お値段は、3人で850ルーブル。約1500円。まあまあ安い。
そう、村ではこの紅茶をひたすら飲んでた。ロシアは紅茶の文化が強いらしく、相当な量の紅茶を消費するそうだ。これはあとで買い物に行ったときに、紅茶だけで1コーナーできていたことからも色濃い紅茶文化を感じ取ることができた。
お味のほうも素晴らしく(普段紅茶なんてろくに飲まないのでよくわからないけど)、お土産に何箱も買って帰ったくらいだ。
そうそう、バイカル湖でのティータイムにいただいた、ロシアの定番お菓子プリャニク。シナモン等のスパイスを練りこんだパンをはちみつを塗って焼いたものだそうだ。これを私は痛く気に入ったので、お土産に2袋買って帰ったのだが、1袋500gもあるこいつを道中何度捨てようかと思ったことか。
でも、そのおかげで職場にロシアのティータイムを提供できたので、まあ良しということにする。
そうそう、バイカル湖での昼食は、ピラフとオームリのお弁当。これもおいしかったな。
お菓子つながりでいうと、フジュルの宿で食べたこのクッキーがかわいかった。この「ドブラーヤコロバ」というのは、「優しい牛さん」という意味らしい。かわいかったので、これもお土産にしたかったのだが、なぜかスーパーには「コロバ」=牛さんのクッキーしかなかった。
なぜ、やさしさを失ってしまったのか…。
あと、ロシアはなんかスーパーでこんな雑な感じで袋にたくさん入ったお菓子を売ってる。あまりに売り方が雑なので、ごみのようにしか見えないが、どれもなかなかおいしい。量が多いので旅行の間みんなで食ってた。
フジュルの宿の食事たち。これがロシアの家庭料理なのだろうか?どれもおいしかった。寒さで体力がガリガリ削られるので、もっと食べたかった。
空港のサブウェイで食べたサンドイッチ。日本のよりも少し大きめか?
野菜を選んで入れてもらえるシステムは全く同じ。
「フショー(全部)」「ボルショイ(モリモリで)」と伝えたら、ちゃんとたくさん野菜を詰め込んでくれた。
空港のすぐ近くにあるWinkel。
クラフトビールが一杯300円ほどで、くそ安。そうそう、ロシアは結構カツレツがよく出る。この辺りも日本人にはなじみがあってよい。
ってな具合に、食べ物関連も最高だったのであるが、最後にしてやられた。
最後は、やっぱりボルシチで締めたいねと、モドニクヴァルタルの近くのお土産ストリートでラッソリニクというレストランに入ったのだがね。
入ってそうそう気づいたのが、アジア人だらけだってこと。私たちも席に座るなり、中国語のメニューを渡される。
まあ、何となく読めるけど、それ以前にそのメニューの料理が高すぎる。
こりゃ観光客価格やで、と思ってもともと置いてあった英語のメニューを見て頼むことにしたわけだ。
若干、ましな値段ではあったけども、それでもボルシチ一杯500円くらいと、これまでの相場の倍以上の値段である。
まあ、もともと安いから別にいいかと注文してみる。あと、ほかのお客が食べてておいしそうだったスープがパイ生地の器に入って出てくるのも一緒に注文。
飲み物もなんか頼もうと思うのだけど、やっぱり高い。
てか、メニューの中に「ソビエトジュース」みたいなのがあるんだけど、絶対嘘だろ。日本で1970年代に「大日本帝国茶」が売ってあるようなもんだ。ありえんだろ。
てか、「ソビエト」って、「議会」って意味なんじゃなかったっけ?議会ジュース?
もはや、なんでもいいから頼んでみろということで、なぞのソビエトジュースも注文。
なんか、いやな予感がしつつ、料理が出てくるのを待つ。
お、とりあえず見た目は普通やん。
で、みんなで食して、お互いの顔を見合わせて沈黙。
なんか、味が安っぽい。なんというか、化学調味料?魚のスープは生臭かったし。
あと、肉が固形肉。あの、カップラーメンの謎肉みたいな?
写真撮ってないけど、ソビエトジュースは謎の黄色くて酸っぱい液体でした。
極めつけは
このパイに入ったスープ。
パイの器が硬すぎ。ナイフでガリガリやってもかすり傷しかつかないんだけど。
これ、プラスチック?
否、なめてみるとかすかに炭水化物感がある。
3人で代わる代わるパイらしき物体に噛みついてみる。
しばらくみんな、もう薄々オチを予想しながらゴリゴリと音を立てて、その物体をかみしめる。
友人A「確かに、カロリーは感じる。食べ物だよ。」
友人B「まずい。」
俺「段ボールではない」
俺ら3人は、これまで最高の旅をしてきて、自分たちが上級旅行者だと勘違いしていた。ガイドがいないと所詮こんなもんだ。
自分たちの愚かさをかみしめながら、謎の物体を咀嚼し、飲み込んだ。
「ぼったくりやねーか!」
クソッ!クソッ!よく考えたら店に入った時からおかしかった。
全然、会計の客をさばききれてないし、室内の音楽は悪趣味だし、全然雰囲気に合ってないし。
客の8割アジア人だし。
そうと決まれば、さっさと切り上げるのみ。腹半分も満たされてないのに、これまでの倍くらいの支払いを終え、店を出る。
さらっと書いたけど、会計するのにも店の統制が全く利いておらず、だれも会計をしてくれない。
ようやく会計をしてくれたかと思ったら、おつりが来ない。
大した額じゃなかったから、もういいよって言ってお店を出たけど、たぶんお店のスタッフは本当は目の前のお客におつりを渡さなければならないことにも気が付いてないのだろう。
いやね、思ったんだって、この町は物価は安いは、お土産はワンパターンだわ、これちょっと小ズルい人だったら、簡単に悪だくみできちゃうんだよね。
仮説だけど、決めつけはよくないけど、この店は中国人オーナーが、適当に現地のロシア人アルバイトを雇ってそれらしい雰囲気の店作っただけだ。食材とかはどこかでクソ安く仕入れたやつを送り込んで、適当に料理させてるんだわ。
たぶん、自国民だったらプライドにかけてあんなにまずいボルシチは作れんだろうよ。
んだがら、店の統制はめちゃくちゃだし、料理はまずいし、「ソビエトジュース」なんて謎の液体を作り出しちゃうし。
でもね、勉強になったわ!やっぱり、考える奴はいるんだな。
日本人として、こういうのには絶対負けたくないなと思った。
3人で、笑いながら、気を吐きながら店を出たのであった。
悲しいかな、あれでも一応食い物だったようで、それからもう1件レストランほどの空腹にはなれませんでした。
冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その8 犬編
はてさて、旅の大筋の部分はこれまでだいぶ語りつくしたところだったが、これからはチップス的な部分について述べていきたい。
そう、海外に行く先々で結構関心があるのが、犬と猫に関する文化である。
日本では野良猫や放し飼いの猫が町中いたるところで見られる一方、昨今では野良犬やら放し飼いの犬というのはそうそう見られないのであるが、これが海外ではちょっと事情が違ってきたりする。
例えば、タイでは、屋台文化で、残飯に容易にありつけるためか、犬がとてものびのびと暮らしている。
その一方で、猫はなぜか飲み屋街の夜の街でひっそりと暮らしている。夜行性や、雑食性の違いによってこういう生態の違いが現れるのだろうが、そういった部分でも日本との違いを感じたりするのである。
じゃあ、シベリアンハスキーのメッカであるこのシベリア地方では、どうなんだろうか。
というところ。
宿にしていた、バイカル湖のオリホン島の村、フジュルでは結構犬との触れ合いがあった。
夜に近場のスーパーに買い物に行った時の話。お店の前に一匹の犬が待ち伏せしていた。
彼はここで一体何を待っているのかというと、観光客が買った夜食のおこぼれにあずかれないかとひたすら待っているのである。
お店で買った菓子パンを一つ上げると、満足そうにどこかに消えていった。
ほかの店の前にも、同じように待ち伏せ犬がいて、同じように客からのおこぼれを待っていた。
まあ、なんちゃ結構でかくて、多分犬嫌いの人にとっては恐ろしいのかもしれないが、なかなか人懐っこく、必要以上のおねだりもしない。
この犬は餌をあげると、しばらくついてきたのだが、ある程度ついてきたところであきらめてどこかに帰っていった。
試しに友人Bが口笛を吹いてみると、どこからともなく犬が2匹ほどわいてきて、おねだりに来たりもした。
ドラクエとかで、よく「○○は仲間を呼んだ」みたいなシーンがあるが、本当にどこからともなくやってくる。
こんな感じで5,6匹やってきたらさすがにちびるだろうなと。
また、朝日を拝みに早朝村を徘徊していると、子犬の群れに出くわすこともあった。彼らは私たちに構うことなくどこかに走り去ってしまった。
夜のうちは、子犬に出会うことはなかったので、その間は巣で親が餌をとってくるのをおとなしくし待っているのだろう。
全体として、人に対して害意のある犬は少ないと感じた。
やはり、厳しい環境の中で、人間と共存しないと生きていけないのだろうか?
なんか、人間と共存しない犬は真っ先にロシア人にぶっ殺されてそうである。
もちろん、狂犬病等のリスクはめちゃあるので、積極的な接触はお勧めしないが、まあ特にこちらがビビらなければ害はないようなので、これはこれでその地域の文化として楽しまさせてもらった。
そう、猫も一応いるにはいた。1匹しか見なかったけど、一応この環境下で生きることはできなくもないらしい。
実は、今回のツアーに犬ぞりも組み込んでいたのだ。
氷の上を犬ぞりできるのかと期待していたが、犬ぞりはまた別の場所でやるみたいだ。
最終日にバイカルから戻ってきて、イルクート川のほとり??で犬ぞり体験をすることになった。
(ほとりというか凍った川の中?)
今回ツアーした会社の提携しているこの団体が、犬ぞりを手配してくれるみたいだ。
外に出たくてたまらんといった様子のハスキー諸氏。
シベリアンハスキーっていうと、結構日本じゃ気性が荒い印象があるのだけど、犬と戯れたりできるんだろうかと、ちょっと心配に思っていた。
が、実際はこうである。
もうね、超が付くほどの従順さ、村にいた野良犬どもはちょっとの恐怖感はあったかもしれないが、こいつらはほんとに従順。
人間大好きって感じ。
もう犬ぞりの前に、こんなに全力で犬と戯れることができるというだけでおなか一杯。
ほおずりなんてしようものなら、ベロベロ嘗め回される逆襲をもれなくいただいてしまう。犬ぞりのことなんてほとんどどうでもよくなっていたが、一応犬ぞりもやることに。
こんな感じで、常にハイスピードで爆走するのかと思いきや、7割くらいはトコトコと早歩きみたいなスピード。
スリルと爽快感というよりは、まったりした感じの遊びだったな。
まあ、あんまり速くすると危ないからかな?
価格は、2000ルーブル(4000円)ほどだったかな?
シベリアでシベリアンハスキーと戯れる、という貴重な体験ができるなかなか乙な遊びでした。
犬好きの方は、ぜひツアーに組み込んではどうだろうか??
冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その7 街ブラ編
かくして、ロシア人夫婦と、ガイドと別れを告げた我々3人だったが、時間はまだ夕方6時過ぎ。
これから、深夜のフライトまで、シベリアのパリと呼ばれるイルクーツクの街中で時間をつぶすことになる。
お別れの地点にあった、氷像。サンタクロースらしい。
なんでも、ロシアのローカル設定では、サンタの孫娘がプレゼント配りを手伝ってくれるという設定のようだ。
永遠の火
かの独ソ戦では、イルクーツクの兵士も多数なくなったそうだ。そういう戦没者の追悼の意味のモニュメント。
炎がゆらゆらと揺らめくのではなく、完全にガスバーナーのそれである。
ガスの供給源があるようで、かなり本当に化石燃料が枯渇しない限りは永遠に消えなさそうな勢いで燃えている。
あとは、超駆け足で街を練り歩く。なんせ日没過ぎると、何も見れなくなるかからね。
結構街の中心部には、教会やら記念碑やら、見るべきものがたくさんあって、短時間でいろんなものが見れた。
もう解説もロクすっぽ読んでないけど、単純に建物の美しさに感心したものであった。
今回は、行く先々で月がいい感じの演出を添えてくれる。
街の街灯なんかも、結構おしゃれな感じを演出していた。
そしてアンガラ川。でかい。バイカル湖はカチコチに凍ってて、水はほとんどが湧出する地下水と考えられるが、それでこの水量はすごい。雪解けの季節は、どれくらいの流量になるのだろうか?
そして、この河がまだ北極海まであと何千キロという距離を流れるのかと思うと、果てしない。
なんか、公園みたいな場所もあった(全体、駆け足過ぎて「なんか」が異様に多い)。
氷像が飾ってあるほかに、ブロンズ像も飾ってあったんだけど、ひとつものすごく気になるものを見つけた。
そう、見ざる、言わざる、聞かざるである。
これが、解説もなく、唐突に現れるのがとても不思議である。
ただし、この三猿は世界各国にまれに見られるそうで、シルクロードを通って、中国を経由して日本にも伝わったものとのことだ。
No-Evil-Monkeys Collections on the internet
イルクーツクも、中国とロシアの間の縦の交通の要衝だったわけで、なんらかのいきさつで浸透しているのかもしれないし、ただ単にこれを作ったクリエーターがミーハーだっただけかもしれない。
それから、街の中を新しくできたらしい、観光街みたいなところを抜けて、大きなショッピングモールにいたる。
なかなか、綺麗なショッピングモール。
ここであまったルーブルをお土産にして帰る。
帰りにタクシーを捕まえようとする。幸いにして、このあたりはそれなりにタクシーが居るようで、ほどなく見つかった。
タクシーにはこれまたザンギエフのようにいかつい運転手が乗っている。
と伝えると、『遠すぎだろ、絶対ヤダ!』みたいなリアクション
あ、乗車拒否か?
と思った瞬間、『嘘だよ、乗れ!』ってまた素振りで。
なんや、お茶目なおっちゃんかい!
と思って乗り込む。観光客相手には、ぼったくられると事前にガイドに聞いていたので、最初に料金交渉する。
相手から示された価格は300ルーブル。
タクシーを手配するアプリで、相場価格が150ルーブルであることは分かっていたので、まあ割高ではあるがそもそものタクシー代がロシアは安すぎなので、まあいいかと乗り込む。
タクシーに乗り込み、ドアを勢いよく閉めてほっと一息つきかけたら、なんかめっちゃ『おいなにやってんだ』みたいなリアクション。
うわ、やっちまったかと思い、とりあえず「イズヴィニチェ(ごめんなさい)」を連呼!
さあ、どう来るか...。
と、思ったら
「おまえら600ルーブルだ!!」
結局ぼったくられるんかーい!
と、思ったら、また『冗談だよ』みたいなリアクション。
本当に、とことんおちゃめなおっちゃんらしい。
だた、ザンギエフみたいな体格してる人が、そういう冗談いうと心臓に悪いからやめてほしい。
その後、運転自体はいたって安全で、特に回り道とかされることなく、無事に空港に到着。
友人Bはこの自由奔放なおっちゃんが痛く気に入ったらしく、チップも含めて500ルーブルを渡して、その代わりに記念写真を撮らせてもらった。
おっちゃんは、めちゃくちゃ喜んでくれて、助手席に座ってた私と熱いハグを交わしてくれた。
ここに掲載できないのは残念だけど、そのときの写真はとてもいい出来だ。
いつもコニャックをくれた、ロシア人の旦那も、このタクシー運転手も自由奔放でとてもお茶目である。
さてさて、このたびもいよいよ終わりを迎えるときが来たようである。
閑話休題 継続の大切さ
とうぜん、旅の記録は家に帰ってから、思い出しながら書いているので、今は日本にいるわけです。
マイナス17℃の真冬の世界から帰ってきたら、一気に春になっていました。
旅の疲れか、春の眠気か、やたらと睡眠時間が長い日々が続いてましたが、今日は元気に残業できました(白目)。
そういえば、地震の前に職場でショートカットキーに関するスキルの普及を目指して、自主的に勉強会なぞをしてたのですが、地震も落ち着いてきたので、再開することにしました。
間が空いてしまって、活動の認知度も下がってしまっただろうし、かなり踏み出すのにMPを消費しましたが、いざ募集をかけてみると、あっという間に定員を超える参加申し込みがあり、とても嬉しかったです。
せっかくの皆さんのご希望に添えるような、研修をしなければ…。
ショートカットと言えば、正月明けに職場から帰るときに、一見何も生えてない植え込みを通ってショートカットしようとしたら、つまづいて転びそうになった小さな小さな切り株は、あれからも何回もつまづいて転びかけることを繰り返した結果、ついに地面に出てる部分が折れてつまづかなくなりました。
何事も継続が大事です。
冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その6 文化交流編
さて、オリホン島の国立自然公園にて、シベリアの真珠とはいったい何たるかを知った我々だったが、フジュル村への帰路にてロシアンサウナ、バーニャのオプションをつけるやつけざるやという話になった。
料金は1000ルーブルと追加の車代300ルーブルくらいだったか?
フジュル村のロッジはシャワーしかなかったので、じゃあ疲れを取るためにいっちょやってみっかということで話を聞いていると、なんかバイカル湖にダイブするとか物騒な話が聞こえてくる。
なんでサウナに入ることと、バイカル湖に飛び込むことが同時に話に出るのがよく理解できないで居る私。
いやいや、いくら水中は0度未満にはならんとはいえ、さすがに冗談やろ。
と思っていたが、どうにも本気らしく、道中の車中でまた、「これで景気づけしな!」的な感じでコニャックを渡される。
いや、ロシアンサウナのロシアンって、罰ゲームで負けた奴がバイカル湖に飛び込むみたいな、ロシアンルーレット的な意味合いでもロシアンなの?
と、思っていたが現地について理解した。
いや、馬鹿だろ笑
イッテQかよ!!
てか、そもそもサウナが氷の上に立ってるし、これ毎年解体して組み立ててを繰り返してるのかよ!
相変わらず、すげーDIY能力だ。
氷の中のサウナに入ってみると、薪のストーブがしゅうしゅうと熱を発していた。
これに、水を加えることで、一気に暑い蒸気が室内に充満しスチームサウナ状態になるようだ。
同行のロシア人の奥様から内部の写真撮影はNGが出たので内部の写真がないのが残念だが、サウナ自体はなかなか乙なものだった(最後に出るときにとっておけばよかった。)。
要は、ここのサウナであったまった体を、バイカル湖の水に飛び込んで一気に冷やすということらしい。
理解したけど、理解したけど、マジかよ。
みんな水着なんて用意していないので、下着でサウナに入る。よく説明していなかったが、ロシア人嫁は、年としては31歳の私たちよりも少し年上くらいだろうか?
まあ、なんちゃ普通に美人なんだが、自然と下着になって俺らと一緒にサウナに入る。
なんかそういう文化をテレビあたりで見たことあったが、ほんとうに女性の羞恥心というのが文化次第で異なるのも面白い。
ロシア人は女性が強いという話はたまに聞くところであるが、そういうのも関係しているのかもしれない。
さて、サウナに入ってしばし経つとなるほど、体が結構火照ってくる。
なんか、ちょっと飛び込んでもいいかな?という気持ちにもなってくる。
で、ロシア人の諸兄が、次々とサウナから飛び出してダイブしてくるのを見て、ついに私も決心がついた。
ドアを開けて一気に水中に飛び込む!
飛び込んだ後は、なんかもうよく覚えてない。穴の中は意外と浅く、(1mちょいくらいか)すぐに足がつく。
混沌とした意識の中で、「あ、意外と砂地なんだ」というのが一瞬頭によぎる以外はとにかく「無」である。体が芯から冷える前に、必死であがって、またサウナに戻る。
サウナに戻ると、その暑さがとても心地よく、体の芯に残っている熱と、皮膚の内側にある水の冷たさと、またその外側の熱が折り重なるような感覚を覚える。
なんだろう、むかししもやけになったときに冷たい水とお湯に交互に足を浸して、血行をよくしていたのを思い出した。
一回、やってしまえばなんということはない。確かにこれで長時間サウナに漬かってられる。
ちょっと余裕が出てきたので、防水カメラでバイカル湖の水中写真なんかをとったりもした。これが、決死のダイブで撮影した貴重な氷の下の画像である。
なんか、とても綺麗そうなのはなんとなく、お分かりいただけただろうか?
バイカル湖は世界一の透明度を誇るといわれているが、実際にその透明度を視覚的に実感できる写真とかはあまりなく、ましてや真冬に水中写真を撮った奴はほとんどおらんだろう。
私自身水中眼鏡をしていたわけではないので、写真で見てなるほどやっぱり綺麗なんだなと納得。
水中で目を開けていたのだけど、後で目がひりひりすることもなく、水質は確かなようである。
今度来ることがあれば、シュノーケルと水中眼鏡の持参も忘れないようにしたい。
そんなことを何回か繰り返すうちに、他の中国人ツアー観光客が冷やかしにやってくる。
なんか「はよ飛び込め」みたいな雰囲気で、外で待っている。
こんな素人のバラエティ企画みたいなモン見て何が面白いのやらと思いつつ、それでもギャラリーがいるとこっちの気分も乗ってくる。
友人Bなんかは、その有り余った運動神経を活かしてとんぼ返りを打ちながら飛び込んだりもした。
サウナの中で、ガイドやロシア人夫妻と話す中で、「「外で見てる連中はただのツーリスト、でもこれで君らもロシア人だ!」」と言われ、ふいにめっちゃ嬉しくなる。
ああ、これがグローカルな体験か、本当にすばらしい限りだ。
日中の感動的な風景と、コミュニティに受け入れられるという、感動的な体験が折り重なって、とても暖かい気分になってサウナを出た。
これまでも、ロシア人夫婦やガイドとはぼちぼち仲良くしてきたが、この体験の後にこのメンバーの中は一層深まったと思う。
翌朝、食事を取りながら、ちょっとばかり文化交流ができればと思って持ち寄った、折り紙で鶴を折って渡す。あと、日本から持ってきた筆ペンで「鶴」と漢字で買いて渡す。筆ペンそのものもロシア人旦那にお土産として渡した。
正直、もうありきたりだろとも思ったが、日本から遠く離れた黒海のほとりに住む二人にとっては十分珍しかったらしく、たいそう喜んでくれた。
帰りの車の中で、軽く涙腺を緩めつつ、島での体験を反芻するのであった。
惜しみつつ、3人のロシア人と3人の日本人は別れを告げる。
ほんの3日ほどの短いたびだったが、本当に感動的な体験だった。
心からそう思えた。
もうコニャックは飲んでいないけど、なんだか体の奥に暖かいなにかを感じた。
ここからは飛行機の出る時間まで、イルクーツクの市内探検である。
さてさて、何が待っているのだろうか??
冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その5 シベリアの真珠編
さて、昨日すでにバイカル湖の氷は堪能しつくした気でいた一行であるが、今日はどんなものが見れるのだろうか?
フジュル村の目覚めを見守ったあと、ロシアンジープ、ワズに乗り込み、一行は島の北部の国立自然公園区域へ。
これまでの荒野とは打って変わって、タイガの森の中をジープは進む。
フジュル村までも道はかなりひどかったが、ここはさらにやばい。
揺れのひどさに頭をぶつけるほどだ。
友人Aはすっかり車酔いになってしまった。
うってかわって、ロシア人夫婦はケロッとしている。
なんでも、彼らの住むソチはもっとすごいらしい。そんな道を旦那が1986年に自力
で作ったワズで旅行するそうだ。
そんな我々を気遣ってか、旦那のリトは自分のコニャックをみんなに飲ませてくれた。
てか、本当にいつも酒飲んでるんだな。
でも、アルコールの火照る感じが喉の奥に広がるのは、まるで暖かいお茶を飲んでいるようでなかなかいい気分だ。
そうこうしているうちに最初のビューポイントに到着。
一面に広がるせりあがった氷や
石灰石のカーテンのようなツララ
シャンデリアのように透明なツララ
昨日に比べても断然美しい景色をたくさん見ることができた。
ただ、写真に写っているとおり、他の観光客(主は中国人)も結構いる。
「もっといい場所があるから、そっちに先回りしよう」
ガイドの提案に乗り、先を急ぐことに。
でも正直なところ、ここでの時間はもう少し欲しかったとこのときは思っていた。
そしてまたジープは、タイガの中を突き進む。
植生は松のような針葉樹林で、森の中には松ぼっくりも落ちていた。
そして、さっきから写真にあるとおり、このあたりはまた雪が降るようだ。
何度も言うとおり、この島は奄美大島くらいのサイズの島なんだが、その島の中で気候がコロコロ変わるのは面白いと思う。
今思えば、雪が降るから冬でも地温が保たれるし、夏には水分も十分に供給されるはず。その結果森があるのかもしれない。
そう、1つこの旅に難点をつけるとすれば、それはトイレだ。
ここは自然公園で、文明らしいものはおおよそない。
もちろんそれはトイレも同じで、ほとんど掘っ立て小屋の中にある穴が開いただけのぼっとん便所見たいなところで用を足さなければならない。
小はまだいいけど、大をする場合や女性の場合は、その穴をまたがねばならず、結構怖いし、回りも汚れているので不潔である。
かといって、その辺で用を足されてしまえば、寒さで分解されることはないのでそれは次の春までそのまんま。
そして、それなのに寒さでトイレが近くなる罠。
まあ、ここは本当にすばらしいところだし、それくらいのハードルはあってもいいのかもしれない。
さておき、ガイドが最初のビューポイントをさっさと切り上げてでも早く行きたがった場所とは、どんな場所なんだろうか?
途中荒波がそのまま固まったような、荒々しい風景の場所にも止まったが、そこそこもすぐに出発してしまった。
それからまたしばらく車は、でこぼこ道や氷の上を走り続け、そして島の北端でとまる。
もうこれは、あれだ、俺は別に世界中を旅してきたわけじゃないし、むしろ海外のことについて大して詳しいわけじゃないけど、これはもういいだろ。
唯一無二だわ。
この世界にこんな景色、他にないだろ。
世界一の透明度と、世界一の水量を誇る水が生み出す景色。
ここからはあんまり説明は要らないと思うので、写真を中心にしよう
アップする写真を選んでいて気がついた。これは、キリがない。
なぜなら、この写真の一枚一枚に違う美しさがあり、どれが一番なんて比べることができないのだ。
同じ場所を写した写真ですらも、角度がちょっと変わるだけで、光の反射や氷のヒビの重なり方が変わり、別の美しさが現れる。
うっかり、今なら死んでもいい、むしろここで死にたいと思いそうになるほどだった。
ここに来る前、バイカル湖のことをネットで調べていて、もちろんすばらしい写真が出てくるのだが、私はそれは腕のいいカメラマンが、ベストコンディションのときに、それらしく映るスキルを駆使して、なおかつちょっと加工してこの絵が得られるものだと思っていて、正直本当に自分がそういう景色に出会うことができるとは思っていなかった。
ただ、実際のところは、自分の頭では想像すらできないほどの美しい景色が広がっていたのだ。
本当に、ただ無数の命の中のただ1つである、この体が、こんなすばらしい世界を感じることが許されるのかと思った。
平たく言うと、生まれてきてよかったと思った。
その後も、後何箇所かポイントを回ったと思う。
目に映るものだけではなく、磨き上げられた大理石のような氷の感触、氷の破片を踏みしめるときの軽いガラスが触れ合うような音、穏やかな風が吹く冷たい空気。
すべてが本当に心地よかった。
美しいという気持ちは、人間が直感的に資源を見抜くために遺伝子に与えられた仕組みなんだと思う。
だから、透明な水、新緑の緑、一面に広がる頭を垂れた稲穂、そんなものを美しいと思うのだと思う。
でも、生き物が住むのには決して適しているとはいえない、この景色をなぜこんなに美しく感じるのか?
たぶん、一生考えても分からないと思う。
冬のイルクーツク、バイカルツアー(2018.2) その4 オリホン島上陸編
かくして、ついにバイカル湖に足を踏み入れることになった一行。
これまで通ってきた、きちんと舗装された道から、湖に降りるオフロードの道を下る。
ここから、氷の道だ。
周りにはスケートを楽しむ人もいる。
ガイド曰く、ここからは万一のとき、すぐに脱出できるよう、法律でシートベルトをはずすようになっているそうだ。
そんなことにならないことを祈るばかり。
氷の上に、標識が立っている。
これは毎年わざわざ、設置と撤去を繰り返しているのだろうか?
最短コースを行くのかと思いきや、少し回り道をしている。
どうも場所によっては、氷のもろい場所なんかもあるみたいだ。
そういうことも経験的に分かってきたことなんだろうけど、それまでどれだけの車が犠牲になったことだろうか?
ほどなくして雪がないところに到着し、ガイドが車を止めた。
これが、
半年間、あこがれ続けた氷の世界。
ようやく、憧れた氷の上に立つことができたのだ。本当に感激である。
モスクワに住んでいたロシア人でも、これほどの氷は珍しいらしく、我々と同じように感激していた。
しかし、時はもう夕方、最終的な目的地まではだいぶ距離があるので、感動はほどほどにしておいて先を急ぐことに。
バイカル湖の中の島、オリホン島に到着。5,6キロは雪の上を走っただろうか?
たどり着いた島の上り口はオフロードで、早速車がスタックしてしまう。
重量を減らすために、ガイドだけで再チャレンジして何とか突破。
これから、こんな感じのオフロードをひたすら突き進むことになる。
島の風景もそれはそれで面白かった。
なんだか、この島周辺は雪が少ないようである。
雪が積もっているように見える部分も、よく見てみると分厚い霜のようだ。
その証拠に、土の粒子と交じり合って、色が少し茶色がかっている。
乗っかると、雪のようにつぶれるのではなく、サクッと音を立てて割れる。
全体として、枯れ草と霜が混じったようなベージュ色の景色が続く。本当に雪はほとんど積もっていない。それはそれで雄大な景色だ。
奄美大島とちょうど同じくらいのサイズの島らしいが、なんというか島っぽさがない。
途中、1つだけヤルガという村があることになっていたが、
実際に通り過ぎると、そこは本当に数えるほどの家がこじんまりとまとまっており、これがドラクエならば、村の入り口に
「ここはヤルガ村、なにもない小さな村さ」
という台詞しかしゃべらない村人がいそうである。
それからさらにどれくらい走っただろう、車のゆれにそろそろ飽き始めたころに島の中心部にあるフジュル村に到着。
何とか日没には間に合った。ガイドが夕日スポットに案内してくれた。
ここは、シャーマン岩と言うらしい。解説は他の観光ガイド等の記事に詳しいので割愛したい。
夕陽に映える氷の湖も感動した。
写真でみて分かるとおり、この時点で氷がせりあがる「おみわたり」もあり、なんだかすでに満たされた気分になりかけていた。
波も凍っている。といっても、波が瞬間的に凍ったのではなく、最初に凍った氷にかぶさるように次の波がかぶさり、また凍ってを繰り返して徐々に凍ったものと推測される。
でも、その結果、波がそのまま凍ったような形になるのは、当たり前のことのような不思議なことのような。
本当に今日は天気がよく、綺麗な夕陽も見ることができた。
天気予報では、曇りのち晴れみたいな感じだったので、雲ひとつない晴天に出会うことができたのは本当に幸運だったと思う。
シャーマン岩の上の澄んだ空には、半月が昇っていた。
そう、ガイドに門限は日没の6時23分までといわれていた。
気がついたら、時間ぎりぎりである。日本人の面子が掛かっているので、3人でダッシュで車に戻る。
到着時刻は、6時23分ちょうど!ガイドにさすが日本人、時間に正確だとのお言葉をいただく。
普段、日本のことぼろかすに言ってるけど、海外にでるとやっぱり日本人としての美徳は守らんといかんという謎の正義感に駆られる笑。
夕飯の後、買い物に外に出てみると、月の周りに薄いワッカが。
明日は、一日オリホン島とバイカル湖を堪能します。